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横浜地方裁判所 昭和56年(ワ)66号 判決 1982年10月29日

原告

望月茂

被告

広川勝則

主文

一  被告は、原告に対して金五三七万三九〇五円及び内金四九七万三九〇五円に対する昭和五六年一月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五六一万三九〇五円及び内金五一一万三九〇五円に対する昭和五六年一月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 事故発生日時 昭和五五年八月三〇日午前一〇時三〇分ころ

(二) 事故発生場所 東名高速道路上り一〇キロポイント住田バス停附近

(三) 傷害の部位程度 右示指切断挫滅創

(四) 治療の経過と後遺障害

原告は、事故発生日から同年一〇月三〇日までの間(内治療実日数一六日)あざみ野整形外科医師安藤和彦の治療を受け、治癒したが、「右示指遠位指節関節より約〇・五センチメートル遠位端に切断され瓜なし」の後遺障害が残つた。

2  事故の態様

(一) 原告は、社団法人日本自動車連盟神奈川支部に勤務し、ロードサービス隊員として路上故障車の修理業務に従事していたところ、本件事故発生日の午前九時五一分ころ、東名高速道路上り一二キロポイント附近における故障車の救助指令を受け、直ちに出動した。

(二) 原告は、現場に到着し、小型乗用車である故障車トヨタセリカ相模五五も七六一(以下「故障車」という。)の所有者であり運転車である被告に出会い、故障車を本件事故発生場所まで牽引した後、右車両を点検したところ、ウオーターポンプとサーモスタツト間のバイパスホースが破れ、冷却水が漏れてオーバーヒートしたものであることがわかつた。

(三) そこで、原告は、破損していたホースを取替え、故障車の左側より冷却水を補充した後、故障車の右側で修理を見ていた被告にエンジンを始動してみてくれるよう依頼した。

(四) エンジンの始動によりこれに異常のないことがわかつたが、フアンベルトの緩んでいる音が聞えたので、原告は故障車の運転席にいた被告に口頭で「止めて」と言うとともに右手でエンジンキーを戻すしぐさでエンジンを止めるよう依頼した。原告は、エンジンが停止したのを確認した後、故障車の左側より右手の親指と人差指、中指でフアンベルトのフアンブーリーとダイナモの中間部分を持ち、フアンベルトの表面を右手親指で、裏面を人差指及び中指で持ちフアンベルトに対し垂直に力を加えて押し次で手前に引いてその緩みを調べていたところ、突然エンジンが始動し、フアンベルトが回転しだしたため、原告の右手人差指がフアンベルトとダイナモプーリーにはさまれ、右手人差指が第一関節上部で切断され、前記の傷害を受けた。

3  被告の責任

(一) 被告は故障車を通勤等に使用する目的で購入し、専ら被告が使用していたものであるから、同車の運行供用者であり、本件事故は、点検の目的で同車のエンジンを始動した際に発生したもので、故障車の運行によつて生じたものである。

(二) 本件故障車のボンネツトは運転席の方から開くものであるため、被告は運転席から原告の作業を終始見ることができ、エンジンを切つた後も、原告が機械の間に腕を延し、どこかを点検していることはわかつていたのであるから、このような状態でエンジンを始動させるならば機械の動きによつて原告に危険が生ずることは十分に予想できたはずである。それにもかかわらず、被告がエンジンを始動させたことは重大な過失というべきである。

4  原告の損害

(一) 逸失利益 金三七二万三〇三〇円

(1) 年間所得 昭和五五年度金二五一万七三六五円

(2) 稼働可能年数 原告は、本件事故当時三一歳であつたから、それより六七歳に至る三六年間

(3) 労働能力喪失率 九パーセント

(4) 右を規準にライプニツツ係数で計算すると

2,500,000円×0.09×16.5468=3,723,030円となる。

(二) 慰謝料 金一二四万円

(1) 後遺障害に対する慰謝料 金一〇七万円

原告の後遺症は自賠責保険の第一三級後遺障害に該当するのでこれに対する保険金額である金一三四万円の約八割にあたる金額

(2) 治療期間の慰謝料 金一七万円

(三) 治療費 金一五万八七五円

(四) 弁護士費用 金五〇万円

5  よつて、原告は被告に対し、自動車損害賠償保険法第三条の規定に基づき、仮にこれが認められないときは、民法第七〇九条の規定に基づき、右損害の支払を求めるとともに、弁護士費用を除いた内金五一一万三九〇五円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年一月二二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1の事実について(一)乃至(三)は、認める、(四)は不知。

2  請求原因2の事実について(一)乃至(三)は認める、(四)は、原告の右手人差指がフアンベルトとダイナモプーリーにはさまれ、第一関節上部で皮膚を残したのみで切断されたことは認めその余は否認する。本件事故は、被告が原告の指示に従いエンジンを切つた直後発生したものである。

3  請求原因3の事実について(一)は、被告が故障車を通勤等に使用する目的で購入し専ら自分が使用していたことは認めその余は否認する。本件事故は被告が日本自動車連盟に依頼した修理作業中に発生したものであるから自賠法第三条の適用はない。(二)は、本件故障車のボンネツトが運転席の方から開くものであつたことは認めその余は否認する。

4  請求原因4の事実は全て否認する。

三  抗弁

1  故障車の型式、使用年数、総走行キロ、本件事故に至るまでの経過からすると、故障車はエンジンを切つた直後シリンダー内の未燃焼ガソリンの自然発火によりエンジンが回転することがあり、本件事故は、被告が原告の指示によりエンジンを切つた直後に発生したものであるから、その原因は右ガソリンの自然発火に基因するものであり、被告は自動車の運行に関し注意を怠つていなかつた。

2  フアンベルトの点検に際しては細心の注意を払うべき専門家たる原告が運転席の被告に対する合図を手首だけで行ないそれ以上の確認をしなかつたこと及び不用意にフアンベルトをつかんだことによつて本件事故が発生したことから原告にも過失がある。

3  その余の免責の要件事実は、本件事故の発生に関係がない。

4  仮に被告に損害賠償責任があるとしても、原告にも前記2のような過失があるから、損害賠償の額を定めるにつき斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1及び2の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の(一)乃至(三)の事実は、当事者間に争いがなく、同(四)の事実は、成立に争いのない甲第一、第三号証によつてこれを認めることができる。

二  請求原因2の(一)乃至(三)の事実は、当事者間に争いがなく、原告、被告各本人尋問の結果を総合すれば、原告は故障箇所の点検中にフアンベルト付近での異常を感じ、運転席にいる被告に対してエンジンを止めるように右手で合図し、被告は、それを受けてエンジンを止めるためエンジンキーを切つたこと及び原告は右エンジンの停止を確認した後、フアンベルトを右手の親指と人差指、中指ではさんで二、三度摺つてみてフアンベルトの緩みを調べていたところ突然フアンベルトが回転したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

その後、原告の右手人差指がフアンベルトとダイナモプーリーにはさまれ、右手人差指が第一関節上部で切断され、右示指切断挫滅創の傷害を受けたことについては、当事者間に争いがない。

三  責任原因

1  被告は、本件故障車を通勤等に使用する目的で購入し、自ら使用していたことは当事者間に争いがなく、本件事故当時も被告が運転席でエンジン操作をしていたことは右認定のとおりであるから、被告の故障車に対する運行支配は失なわれておらず、被告は、本件事故当時故障車の運行供用者であつたというべきである。

また、本件事故は、前記認定のとおり、故障車のエンジン装置の始動によつて生じたものであるから故障車の運行によつて生じたものである。

2  免責の抗弁

被告は、本件事故は故障車の自然発火によつて生じたものであり無過失である旨主張し、被告本人は、同旨の供述をしているが、成立に争いのない乙第二号証によれば、故障車は本件事故発生時直前である昭和五五年八月二一日に六箇月定期点検を受け、その結果、エンジン装置には異常がないとされていることが認められ、また証人西条良喜の証言の結果によれば、本件事故後に、同証人が故障車のエンジンを五、六回テストしてみても被告主張のような現象が生じなかつたこと及び一般的に一旦スイツチを切つたエンジンが停止後に再び自然に始動することは、稀有であることが認められるので、被告本人の前記供述はにわかに措信しがたく、被告は、運行供用者として、自動車損害賠償保障法第三条の規定に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

四  損害

(一)  逸失利益 金三七二万三〇三〇円

成立に争いのない甲第四号証によれば、原告には本件事故当時原告主張のとおりの年収があつたことが認められ、原告の後遺障害は、障害等級第一三級にあたり、労働能力喪失率は九パーセントである。原告は、本件事故当時三一歳であつたから稼働可能年数は、六七歳に至るまでの三六年であり、これに対応するライプニツツ係数によつて計算すると、原告主張のとおり算定できる。

(二)  慰謝料 金一一〇万円

(1)  後遺障害に対する慰謝料 金一〇〇万円

原告本人尋問の結果及び諸般の事情を考慮すれば右金額が相当である。

(2)  治療期間の慰謝料

原告が、本件事故の日である昭和五五年八月三〇日から、症状が固定した同年一〇月三〇日までの六二日間(実通院日数一六日)通院したことは前記認定のとおりで諸般の事情を考慮すれば右通院に対する慰謝料は、金一〇万円が相当である。

(三)  治療費 金一五万八七五円

成立に争いのない甲第二号証によればこれを認めることができる。

(四)  過失相殺

証人西条良喜の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、フアンベルトの整備にあたつては、指がはさまれる危険を回避するため、フアンベルトを上から押して点検するのが通常であるけれども、本件故障車のボンネツトは、他車と異なり運転席の方から開くものであつたため、押して点検するだけではフアンベルトの緩みを確認することは容易ではなく、手でつかんだこともやむを得なかつたこと及び右の方法で点検する際、原告は、エンジンの回転が完全に静止したのを確認していることが認められ、これに反する証拠はないから、原告に過失があつたとは認められず、被告の抗弁は理由がない。

(五)  弁護士費用 金四〇万円

本件事案の性質、事件の経過、認容額に鑑み、右金額が相当である。

五  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、金五三七万三九〇五円及び右金員のうち、金四九七万三九〇五円に対する本件訴状が送達された日の翌日である昭和五六年一月二二日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三井哲夫)

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